青天を衝け
これは渋沢自身が詠んだ漢詩の一節「勢衝青天攘臂躋 気穿白雲唾手征」から取られました。
意味は「青空をつきさす勢いで肘をまくって登り、白雲をつきぬける気力で手に唾して進む」(Wikipediaより)
2024年、20年ぶりに刷新されることになった新紙幣のうち、大きな注目を集める1万円札の顔となった人物、“渋沢栄一”。
冒頭にもご紹介した今年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公としても描かれていますが、紙幣刷新のニュースがあるまで私たちにはあまりなじみのない人物だったのではないでしょうか。
小中学生はもちろん、高校生でも日本史を選択した人が資料集などに載っているのを見たかな、といったくらいの情報だと思います。
渋沢栄一がどのような人かというと、
渋沢栄一は天保11年2月13日(西暦:1840年3月16日)、現在の埼玉県深谷市血洗島の農家に生まれました。 家業の畑作、藍玉の製造・販売、養蚕を手伝う一方、幼い頃から父に学問の手解きを受け、従兄弟の尾高惇忠から本格的に「論語」などを学びます。 「尊王攘夷」思想の影響を受けた栄一や従兄たちは、高崎城乗っ取りの計画を立てましたが中止し、京都へ向かいます。 郷里を離れた栄一は一橋慶喜に仕えることになり、一橋家の家政の改善などに実力を発揮し、次第に認められていきます。栄一は27歳の時、15代将軍となった徳川慶喜の実弟・後の水戸藩主、徳川昭武に随行しパリの万国博覧会を見学するほか欧州諸国の実情を見聞し、先進諸国の社会の内情に広く通ずることができました。 明治維新となり欧州から帰国した栄一は、「商法会所」を静岡に設立、その後明治政府に招かれ大蔵省の一員として新しい国づくりに深く関わります。 1873(明治6)年に大蔵省を辞した後、栄一は一民間経済人として活動しました。そのスタートは「第一国立銀行」の総監役(後に頭取)でした。 栄一は第一国立銀行を拠点に、株式会社組織による企業の創設・育成に力を入れ、また、「道徳経済合一説」を説き続け、生涯に約500もの企業に関わったといわれています。 栄一は、約600の教育機関・社会公共事業の支援並びに民間外交に尽力し、多くの人々に惜しまれながら1931(昭和6)年11月11日、91歳の生涯を閉じました。 渋沢栄一記念財団 HPより
かつてブログで"偉大な創業者"を取り上げましたが、渋沢栄一は一人で500社の企業に携わったわけですからその功績は計り知れません。
幕末から明治、大正、昭和という日本が激動の時代を過ごしたのと同様に、渋沢栄一もちょんまげ頭の侍から飛行機が空を飛ぶ時代までを生きたことを思えば、今のIT時代の目まぐるしい変化(日進月歩ならぬ秒進分歩というらしい)の中に生きる私たちとは比べ物にならないくらいの衝撃・衝動を経験してきたことは容易に想像できます。
若くして藍の葉の買い付けに行ったり、番付表を作って良質な藍の葉を農家に競争して作らせるなど、のちの経済人としての才覚に目覚める頃のエピソードは大きく紹介されていて有名ですね。

渋沢栄一デジタルミュージアム HPより
ある日、岡部藩の代官から御用金500両を収めるよう命じられ、父の代理で出席していた渋沢が回答を持ち帰ろうとしたことで代官を激高させ、権力の傘の下に無能な人間が威張り散らすことに理不尽さを感じ、そんな世を正さなければいけないと強く思いました。当時そう容易くはなかった農家の身分である渋沢が、己の信念を貫こうとして発起し、「日本資本主義の父」と呼ばれるまでに成長する大きなきっかけとなる出来事だったのかもしれません。
巨大な権力に立ち向かい、己の信じる正しい道を切り開こうとする姿は、今でいう「幕末の半沢直樹」といった感じでしょうか。
今を生きる私たちは、情報も多いが選択肢も多く、自分のやりたいこと、やらねばならないことを追い求めるうえで幕末の頃よりは容易に行動に移すことができる環境にいるはずです。
、、、しかし、思いはあれど、そう簡単に動ける人は多くありません。
ネットの世界では、悪人はもちろんのこと、努力して活躍する人に対してすら誹謗中傷の言葉を浴びせる始末。
いつから私たちは「地位なき裸の王様」に成り下がったのでしょうか。
温故知新という言葉があるように、今こそ昔の日本とその時代を生きた先人たちから学び、正しい行いのとれる人として自分を見つめなおすことが求められてくるのです。
渋沢栄一は理不尽がまかり通る世を正すため、倒幕の思想を持ちました。
私たちには、何もそこまで過激な思想を持てとは言いませんが、自分のやりたいこと、やるべきことを考え、その道を切り開く行動が取れる強い人となることが大切だと感じます。
財閥が続々と誕生する当時において、渋沢栄一は財閥を作らず、己の利益よりも社会・経済の発展を優先した取り組みによって日本のために尽力しました。
今回は、そんな渋沢栄一の名言をご紹介します。
世の中の事はすべて心の持ちよう一つでどうにでもなる
なぜ今、渋沢栄一なのか? HPより
やる、やらないは人の勝手だが、やると決めた以上、できないと思うよりもできると思っていたほうが成功しやすい。これは理屈ではなく、物事に取り組む姿勢に知らず知らずのうちに前向きな思いが力となって合わさっているのです。
新しい挑戦をするとき、当然不安はありますが、その不安すらも自分の制御下に置くことができれば怖いものはありません。はじめは難しくとも、少しずつ心の持ちようを工夫してみましょう。
無欲は怠慢の基である
刀剣ワールド HPより
渋沢栄一は、若いころから家業の傍ら、世の中の動きに耳を傾け、大きな夢を持って生きてきました。
自分の思い描いた「夢」は、言い換えれば「欲」が姿を変えたもの。つまり、「欲」を追い求めることで、人は「夢」を追いかけることができるのです。
夢のない人は悪く言えば冷めてしまっていることが多いでしょう。
しかし、夢のある人は希望に満ち溢れています。 欲深い人を毛嫌いする人は多いですが、そんな人の中に、無欲を理由に怠惰な生活を送り、その姿勢を正当化している人もいます。
実業家として成功を収めた渋沢栄一は、商人にとって「正しい欲」を持つことが大切であると説いています。 私たちも、自分に「欲」がある限り、「夢」を持つことができるのです。
お膳立てされても、箸を取るのは自分自身
渋沢栄一の名言一覧!【資本主義の父】が残した現代も役立つ言葉一覧 HPより
進むべき道が手厚く準備されていたとしても、その道を進むかどうかは自分の判断に委ねられます。 ましてや道が準備されていない人は死に物狂いで自分の道を開拓してくるでしょう。
恵まれた環境にあっても、甘んじることなく自分の意志で決断し、自分の意志で挑戦することができるだけの力は持っておきましょう。
金儲けを品の悪いことのように考えるのは根本的に間違っている。しかし儲けることに熱中しすぎると、品が悪くなるのも確かである。金儲けにも品位を忘れぬようにしたい。
渋沢栄一の名言30選|心に響く言葉 HPより
日本人は「金儲け=悪」と考える風潮があるとよく聞きます。これは戦後に貯蓄推奨された政策や日本人の文化、歴史感などが色々影響しているのですが、「貯金=美徳」と考える時代はそろそろ限界にきているのではないでしょうか。たしかに、悪行によって得たお金は使えば使うほど人を惑わせ、間違った道に引きずり込む遠因になります。
その一方、善い行いをして得られたお金はどうでしょう。負い目を感じることもなく、世のために使えばさらに好ましい流れを生み出します。
道徳や倫理にもなってきますが、「金儲け=悪」のとらえ方を改め、渋沢栄一が説く品位あるお金の得方を目指すことが大切です。
信用はのれんや見た目から得られるものではなく、確固たる信念から生まれる。
渋沢栄一の名言20選!発言に込められた背景や意味まで解説 HPより
「日本製の○○は優れている、日本産の○○は素晴らしい」、確かに技術力や品質、見た目で世界に評価されていることも多いでしょう。しかし、今日の日本の品が高く評価されるようになったのは、先人たちのものづくりに対する思い(信念)が長きに渡り積み重なってきたことで築かれた信用の証なのです。
その信用は基を追えば「人」なのです。表面的なことではなく、物事の本質から磨くことの大切さを教えてくれる一言です。
いかがでしたでしょうか。
「欲」「金儲け」など、普段の生活で毛嫌いする言葉も、捉え方次第で自分を成長させる力となります。
物の見方は千差万別。見る角度を変えてまた一歩前進してみるのも良いのではないでしょうか。

