格言

混沌、多忙を極める現代社会において、心が休まらない日々を過ごす人たちへ。茶の湯・千利休の名言を送ります。

茶の湯

どうも、ブログ管理人うたたびのたびっちです。

現代社会、スピードが求められることで何でもかんでも効率化・スリム化・最適化、、、こんな感じで急かされ、幅寄せされ、人として生き方が窮屈になることも多いのでは無いでしょうか。

すみません、仕事を思い浮かべてしまう言葉ばかりですね。ただ、こんな環境に長くいると心が落ち着く機会が減ってしまい、ごく当たり前に過ごしてたことが「至福の時」となり、非日常にさえ思えてくることがあります。いや、会社に出ている時間は心なんて落ち着くわけがないって人も多くいると思います。

1日のパワーを10として、それを全て仕事に向けることができたら非常に物事が捗ると思います。ただ、社会とは思うように仕事ができる場所ばかりではなく、環境の変化や社内・社外の人間関係など、作業以外にパワーを割く場所が色々とあります。結果、7〜8割のパワーを無惨にも人に気を使うことで消耗してしまったら、残り2割のパワーで仕事をしなければいけなくなります。これは非常に効率が悪い、、、。

効率化を求める人間社会が、かえって非効率な状況下で仕事をしているのです。これは辛いことですね。

さて、一般的な考えのようにお話ししましたが、何を隠そうサラリーマンとして生きる私自身がまさにこの状態(非効率人生)なのです。心が休まることはなく、落ち着きが無い。こんな時どうすれば良いかわからなくなる時があります。そんな時は気休めかもしれませんが、時間を贅沢に使って心を落ち着かせる機会を持つことが大切です。

よく坐禅体験をして精神統一すると心が落ち着くと言います。坐禅でなくとも、日本には心を落ち着かせる様々な文化が存在しますので、是非一度自分の興味ある文化体験に身を投じてみてはいかがでしょう。

話は変わりますが、皆さんは茶室でお茶をいただいたことはありますか?作法もわからない、正座ができない、緊張してしまう、偉い人が嗜むお堅い世界、そんなイメージがあると思います。

亭主が道具を運んできてお湯を沸かし、道具を使ってお茶を点てる。お茶を飲むまでに時間がかかるので、せっかちな現代人には無駄に時間のかかる世界だなと思うかもしれません。

ですが、茶道の世界に無駄なものは無いのです。全ての所作には理由があり、無駄な行いはせず、それらを通して至極の一杯のお茶が出来上がるのです。茶室に入れば身分は平等、上も下もありません。同じ席に集う者たち、皆そのひとときを楽しみ、分かち合い、一生の思い出とするのです。

「一期一会」という四字熟語をご存知でしょうか。 これは茶道に由来のある言葉なのです。

茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味する。

Wikipediaより

茶道は修行の一面もありますが、時にお茶を通して人と出会い、文化に触れ、一人心を落ち着かせる様々な機会を私たちに与えてくれます。 以前、歴史上の人物を取り上げましたが、今回はお茶にちなんで茶人の名言をご紹介します。

 

「わび茶」を大成させた茶人・千利休。

千利休は1522年、商業の街・堺の問屋の家に生まれました。両親の薦めで茶道を始めますが、若くしてその道を極め、時の権力者・織田信長に茶頭として仕えるようになります。

「本能寺の変」で織田信長亡き後は後継を担った豊臣秀吉に仕えることになり、茶人としてだけではなく、助言役として、文化・政治などの面から秀吉の天下統一に大きく貢献していくことになります。

秀吉の天下統一目前、1587年に「北野大茶湯」といわれる大茶会を成功させますが、これ以降に秀吉との関係は徐々に悪化し、最後には切腹を命じられその生涯を終えるに至ります。 利休の茶人としての人生はここに終わりますが、その精神は弟子たちによって今日の茶道文化に引き継がれていくこととなります。

 

それでは利休が残した名言を見ていきましょう。

 

一期一会

千利休の名言をご紹介【茶道おもてなしの心】 より

茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味しています。

先ほどご紹介したとおり、茶道に由来する有名な四字熟語です。茶会に集う人との出会いはたった一度きりのものであり、もしかすると二度と同じ人とは会えないかもしれない。そう思うと、この一度の出会いを大切にしようと思うものです。

茶会だけではありません。社会に生きるうえで出会うすべての人にも同じことが言えます。今度会った時に聞こう、話そう、そう考えていると、その人と会う機会がその先なかったなんてことはありませんか。もっと身近な例えとして、学生時代に友人と遊び終えて「じゃあ、また今度遊ぼうね」と別れて以降、その友人と何年も遊んでいないな、会っていないなと思ったことはありませんか。友人でもそんなことがあるのですから、まして社会人となって出会う人と果たして何人、どれくらい長く関わっていられるでしょうか。人の人生、出会いがあれば別れもあります。今この時の人との出会いを大切にし、常に誠意をもって心を尽くしましょう。

 

 

頭を下げて守れるものもあれば、頭を下げる故に守れないものもある。

心にしみる千利休の名言22選|千利休に関する知識が深まる本 より

豊臣秀吉に罪を問われた際の利休の言葉といわれています。考えの違いから秀吉と対立することとなり、謝罪を拒んだことで切腹を命じられますが、頭を下げなかったことで茶の湯と利休の精神は守られ、現代に引き継がれていきます。

現代を生きる私たちにとって、「プライド」は自身の誇り高き姿勢であり、時に自分を苦しめる諸刃の剣となります。時と場合によって頭の上げ下げは必要となりますが、その見極めは非常に難しいですよね。人生の行く末を最後に決めるのは自分なので、守るべきものを見極め、納得できる行動をとることが大切です。

 

 

釜ひとつあれば茶の湯はなるものを、数の道具を持つは愚かな

Blue Signal 茶の湯の心 より

織田信長が価値を見出し、自身の政治に茶道を大きく関わらせるようになると、戦国大名の間で茶道の重要性が増し、茶道具の価値も高まりました。時に茶道具は大名の恩賞である土地に匹敵する価値を持つに至り、大名間で茶道具の収集が盛んにおこなわれるようになります。しかし利休は、お茶は最低限の道具があれば点てることができると戒めています。

名声や高級品に拘るが故に自身を見失っている人は多いものです。価値ある物をたくさん持っている人が幸せそうに見えますが、本当に幸せな人は少ない物で満足できる人なのではないでしょうか。結局は他人を意識した競争であり、他人軸に生きることで自己満足する次元に陥っているだけなので、ここは私たちが一番注意しなければいけないところです。

 

 

当たり前のことが、いつでもどこでもできるならば、私があなた方の弟子になりましょう。

【千利休】こころに響く!天下一の茶人千利休の名言・エピソード10選 より

ある日、利休の弟子が茶道の心得を尋ねたところ、利休はお茶の準備や部屋の飾り方、客の心構えなど、基本的なことを答えました。弟子がそれくらいは知っていると返すと利休はこの言葉を述べたといいます。

当たり前のことを当たり前にすることは意外に難しいものです。「言うは易く行うは難し」というように私たちも日常的に簡単だと思って掲げた目標が達成できず三日坊主になってしまうことがよくありますよね。「当たり前」は非常に多くの努力の上に出来上がってきたことなのだと痛感させられます。常に甘んじることなく、基本的なことを大切にして物事を積み重ねていく努力をしていくことが大切です。

 

 

秋の庭には少しくらい葉っぱが落ちている方が自然でいい

千利休のお話 より

庭の落ち葉を掃除していた千利休は、掃き終えた庭に葉っぱを再び撒いていたため、その様子を見ていた弟子が利休に尋ねると、このように答えたといいます。

似たエピソードとして、朝顔が美しいので茶会来ないかと千利休から誘われた秀吉が訪ねてくると、庭の朝顔は全て切り落とされていました。がっかりした秀吉が茶室に入ると一輪だけ朝顔が生けてあり、千利休が「一輪であるが故のこの美しさ。庭のものは全て摘んでおきました。」と説明して秀吉は喜んだといいます。

世の中には完璧を目指すことが大切な場面がとても多いですが、時に完璧にしたつもりがかえって不自然さを生んでしまうこともあります。また、派手すぎるが故によくない印象を与えることもあります。時と場合によりますが、「完璧さ」や「派手さ」とは異なる美学も世の中には存在しているのです。

 

 

いかがでしたか。一見すると身近な存在ではないように思える茶道ですが、私たちが思う「当たり前」のことを説き、その大切さを教えてくれる存在であることがわかります。いきなり茶道の精神を理解しようと身構えず、まずは抹茶をおいしく嗜んでみることから始めてみてはいかがでしょう。

忙しい現代人に必要なのは、気持ちを落ち着かせること。ぜひお茶の世界から学びを得てみてください。

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