自由民主党総裁選挙が9月29日に行われることとなり、菅義偉内閣もあと十数日で終了することになりました。
就任当時よりも支持率が○○だとかよく言われますが、今は前例のない新型コロナウイルスとの戦いの真っただ中。
誰がリーダーでも相当難しい舵取りをしなければいけない時代ですので、一概に今期の内閣はどうだったとか評価はできません。
しかし選挙ムードが高まると、必ず出てくるのが理想のリーダー像というものです。
すべての問題に答えを出すことができる完璧なリーダーなど世の中に存在しませんが、多くの人と同じ感性や常識を持ち、相手の立場を重んじることができる人は支持されているのではないでしょうか。
理想のリーダー像?とは
テレビや雑誌でよく見かけるアンケートでは、イチローや本田宗一郎、スティーブ・ジョブズや孫正義など、組織やチームを率いるための統率能力がある人物がランキングで選ばれていますよね。
中には徳川家康や田中角栄など歴史上の人物まで選ばれているので、優れたリーダーとなるべく能力を高める過程にいる人からすれば、歴史上の人物からも学ぶことができるのです。
今回は、歴史上の人物で「理想のリーダー像」として常に上位に入る軍人・山本五十六に関する名言をフィクションの世界も交え、ご紹介します。
現代の日本人が山本五十六という先見の明に優れたリーダー(指導者)にどのような印象を抱き、描いているのか、そのセリフを通じて読み解きたいと思います。
【人物紹介】 山本五十六 明治17年(1884)~昭和18年(1943) 明治17年(1884)4月旧長岡藩士高野貞吉の六男として玉蔵院町(現 長岡市坂之上町)で生まれる。父56歳の時で五十六と名付けられたという。 明治34年(1901)長岡中学を卒業し海軍兵学校に入学。明治38年(1905)巡洋艦日進に乗組、日本海海戦において左手指と右下腿部に重傷を負う。大正5年(1916)長岡藩家老山本家を継ぎ以後山本姓となる。 大正7年(1918)元会津藩士三橋康守の三女禮子と結婚。翌年4月からアメリカ駐在武官として渡米、ハーバード大学に入学し英語習得に励む。またこの頃欧米諸国をめぐりワシントン軍縮条約後の各国の実態をつぶさに視察した。 大正13年(1924)霞ヶ浦海軍航空隊教頭兼副長に就任、後に海軍航空本部長まで歴任し、今後の国防の主力は航空機にあると確信を持ち、一貫して航空戦力の充実に尽力した。 昭和5年(1930)ロンドン軍縮会議の随員。昭和9年(1934)ロンドン軍縮会議予備交渉の海軍代表として出席。海軍軍縮条約の締結が日本の命運を決める重大事と認識し粘り強く交渉を続ける。 昭和11年(1936)海軍次官に就任。当時の海軍大臣米内光政、軍務局長井上成美らとともに日独伊三国軍事同盟に断固反対の姿勢を貫いた。 昭和14年(1939)連合艦隊司令長官に就任。昭和16年(1941)ハワイ真珠湾攻撃を敢行し未曾有の大戦の指揮をとった。 昭和18年(1943)ブーゲンビル島上空で米軍機に撃墜されて戦死。死後、元帥府に列せられた。 山本五十六記念館公式サイトより

艦長を務めたことがある航空母艦 赤城

司令長官時代の座乗艦・戦艦大和
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Contents
山本五十六の名言
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、誉めてやらねば、人は動かじ。
Chinomaサイト
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。
会社員の中でも新人指導の際に名言として取り上げられることも多く、また子育てや教育などにも精通する名言です。
確かに、列の最後尾にいる上司が、「よし、行け!」と命令しても部下は不満に思うばかりですよね。
そんなに言うならまず自分がお手本見せてくれよ、と。
先頭に立って自ら示す姿勢、そしてなんでもかんでも取り上げるのではなく、その人を信頼して任せる姿勢、指導者にはそのバランスと見極めが求められるということを表しています。
山本五十六は日露戦争を経験後、アメリカ駐在を経て帰国。アメリカの工業力を知り尽くしながら、連合艦隊司令長官という立場となって対米戦の先頭に立つことを余儀なくされます。
太平洋戦争中、日本本土の安全な司令部から指示を出す他の軍人とは異なり、山本は最前線視察を重ね、1943年、ブーゲンビル島上空にて戦死します。
最前線に赴き任務を全うする姿は、今の時代も山本が一風変わった優れた指導者として受け継がれる要因になっているのかもしれません。
トラ・トラ・トラ!(1970年公開、日米合作)

是非やれと言われれば一年や一年半は随分に暴れてご覧に入れる
演:山村聡
日本の工業力を考えると、アメリカとの戦争が長期化すれば劣勢に立たされることは明確。
しかし明治維新以降、半世紀の間に複数の戦争を経験し、莫大な国家予算を投入して生み出された日本軍は当時世界の五本の指に入る規模となっており、短期戦では十分アメリカと戦うことはできるものでした。
山本は短期決戦にてアメリカ軍の戦力を砕き、早期講和への道を模索することで日本を救おうとします。
時の総理大臣・近衛文麿に対米戦の見込みを聞かれた際、山本はこの言葉を述べたそうです。
先を見通す山本でも、2年3年先のことまでは自信をもって述べることができない。
それ以前に、無謀な戦を回避することが重要と説いたのです。
忖度や顔色伺いではなく、事実として自分の納得できる答えまでを正直に述べることにとどめるのも指導者の大切な能力の一つですね。
パール・ハーバー(2001年公開、アメリカ映画)

われわれは眠れる巨人を叩き起こし、怒らせてしまった
演:マコ岩松
日米開戦に伴い行われた真珠湾攻撃で大戦果を収めた日本軍は歓喜に沸き上がります。
しかし山本は冷静でした。
むしろ大変なのはこの先だと。
目先の勝利に浮かれる人を横目に、落ち着いて先のことまで見通す山本のエピソードを表すセリフです。
自分の引き起こした問題は、覚悟をもってその最後を見届けるまでやりきる、その心情のある人が果たして世の中どれくらいいるでしょうか。
聯合艦隊司令長官 山本五十六(2011年公開、日本映画)

目も、耳も、心も、大きく開いて世界を見なさい
演:役所広司
不況を打破するため、ドイツと組んで米英との戦争に向かうことだけを唯一の解決先と考え盲目のまま突き進む日本と、その思いを煽る新聞社の記者に対し、山本は世界を見ろと諭します。
目と耳で情報を掴むことは大切です。
しかし、一番肝心なのは掴んだ情報をどう自分の中(心の中)に落とし込んで次の判断に結び付けるかです。
このセリフの後、日本は開戦し、連戦連勝のニュースに沸き立ちますます盲目と化していきます。
大勝のインタビューに訪れた記者に対し、戦争をやめて早期講和すべき考えであることを伝えた山本は記者を激怒させますが、若い記者には引き続きこのセリフを伝えます。
状況は変われど視野を広げて世界を見ようとする山本の姿勢を表現したシーンです。
私たちも、見たいものしか目にしない姿勢を改め、冷静に心を開いて世界を見ることを心がけましょう。
ミッドウェイ(2019年公開、アメリカ映画)

我々を追い詰めるな。分別ある日本人もいる、チャンスを与えてくれ
演:豊川悦司
アメリカ海軍駐日武官に対し、山本が発したセリフです。
世界恐慌のさなか、孤立を深め世界の市場から締め出された日本がとるべき打開策は資源獲得に向けた戦争のみとなりました。
そんな状況の日本に追い打ちをかけるように経済制裁を加えるとどうなるかは明白です。
ヒートアップした頭で考える日本の軍・首脳陣に対し、山本のように戦争回避を唱える人も一部ではいたため、山本は日米双方に配慮して状況の鎮静化を図ったのかもしれません。
会社や組織において、意にそぐわない人を追い込み、辞めさせるという話が世の中には溢れていますが、双方言い分の溝を埋めるわずかな機会でも設けることができれば、負の印象は軽減できるのではないでしょうか。
アルキメデスの大戦(2019年公開、日本映画)

戦艦なんていらんよ。彼らの戦艦は戦争への一本道だ、断ち切らねばならない
演:舘ひろし
航空機と空母機動部隊が海戦の主役となりつつある時代において、日本軍は「戦艦こそが海の王者である」という古い発想を捨てきれませんでした。
限られた予算の中で開戦準備を進める日本は、世界最大の戦艦・大和を巨額の費用と膨大な労力を投じて建造しようとしていました。
山本は航空戦の研究を重視していたため、戦艦を潰して航空機の増産をすべきと考えていました。
何の根拠もなく、“世界一の戦艦がある”という自信だけで日米開戦に踏み切ろうとする日本軍上層部に対し、その盲目さを危ぶむ山本の考えを表現したセリフです。
私たちの時代においても、見栄えの良い箱モノを建設して後々維持費に悩んだり、補助金を関係ないものに使ったりと、無駄遣いが報じられることがとても多いこと、、、。
それで正しいことをしたと間違った自信をつけては作られたものも浮かばれません。
正しいところへ正しく選択して正しくお金を回す。
あれがあればできる、これがあればできる、だから欲しい、というだけで全て手に入れていてはお財布も心も維持できませんね。
大切なのは今ある物、限らた物でどのように創意工夫できるのかということです。
そして、正しい道のりに足を戻すことです。
まとめ:フィクションの世界の山本五十六を通して見えてくるリーダー(指導者)とは
いかがでしたか。
職業や時代は違えど、理想の指導者はいかなる困難な時でも先頭に立ち、広い視野を持って物事の本質、先行きを見通すことで問題解決を図ろうと邁進しています。
また、成功におごり高ぶることはせず、常に落ち着いて初志貫徹する姿勢を持ち合わせています。
それらの姿勢や考え方を貫き通すことは、上に立つ人ほど難しくなるものです。
しかし、自分の行動・思考原理の根底にこの精神が宿るだけでも、人の道に反する愚行・愚策に手を染め、道を踏み外すようなことにはならないはずです。
当時の命の局面に差し掛かった時代背景でもこれだけ努力する人がいたのだから、今の私たちにできないはずはありません。
“歴史に学ぶ”、それは出来事だけではなく、人からも学ぶことです。
映画情報の出典:Wikipedia



