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【僧侶・尼僧から教わる名言集】心が疲れているあなたへ贈る言葉〜自分の心と向き合う大切さ〜

こんばんは。管理人うたたびのうたっちです。

皆さんは、忙しすぎる毎日に自分を見失ってはいないでしょうか。

大学を卒業して、東京で社会人生活を送り10年が経ちました。あっという間だったと感じます。この10年で多くの出来事がありました。新しい出会い、同級生たちの結婚、会社の中では出世をして偉くなった同期もいれば、会社を退職して新しい環境に飛び込んだ人、経営者として起業した人。

別れと死について

そして、大切な人との『別れ』。ずっと永遠に続くと思っていた時間。でも永遠なんてものは、この世に存在しないのかもしれない。私は始まりがあれば必ず終わりがあるのが人生だと考えています。人生はとても刹那的で、ときに無情です。自分の望むような人生を生きられたら幸せだけど、長く生きていればたくさんの辛いことや、悲しい出来事と向き合わなければなりません。

私も大切だった家族や、恋人との別れを経験しました。人は皆等しく必ず最期に『死』を迎えます。それはまるで線香花火。強く光り輝く命という炎が燃え尽き、その灯火が儚くも消えてしまう。それはとても美しく、芸術的で、決して同じ線香花火は存在しない。一人ひとりの炎の燃え方や、強さは異なるものだと思います。

だからこそ、私は懸命に日々を生きていきたいと思っています。このブログを初めた時にもこのご挨拶文で、私の想いを綴りました。もしかすると、このブログもいつかどういう形かわかりませんが、『終わり』を迎えるのかもしれません。でもやり始めたからには簡単には終わらせるつもりはありません。このブログの炎をあなたの心の奥に届けるまでは・・・。

さて、冒頭で社会人生活の10年があっという間だったという話をしました。年齢を重ねるたびに、時の流れが早く感じます。昨今では心の病を患う人も多くなりました。なぜか、疲れを感じてしまうというあなた。最近おもしろい記事を読んだのですが、『現代人が1日に受け取る情報量は江戸時代の1年分に匹敵する』なんてことが言われているようです。

情報量は増えていますが、人間の脳はそれほど進化していないと言われています。つまり、現代人は、日々生きているだけでたくさんの情報に触れており、慢性的に疲れている状態だと言えます。

忙しすぎる現代社会で、私達に求められていることは、『静かに自分と向き合う時間をもつこと』なのではないかと感じています。そこで今回ご紹介するのは、僧侶たちの名言です。

禅の心。仏の心。最近ではマインドフルネスなんて言葉も広まっています。1日の中で意識的に自分自身と対話すること、向き合うための時間を作ることの重要性が説かれています。僧侶たちは、己の雑念と向き合い、悟りを開くために、日々修行されています。そんな心と向き合うプロフェッショナルたちから学べることがあると考えました。

日々懸命に生きているあなたも、この言葉を通して自分のこれまでの道のりを振り返ってみてください。

瀬戸内寂聴

60歳ぐらいのころ、ちょっと心臓の存在を感じるようになって、東京で3本指に入るという心臓のお医者さんに診てもらったことがあります。お医者さんが、「講演旅行などとんでもない。年寄りらしく庭で草むしりでもしてなさい」とおっしゃるので、「どうせ心臓が悪くて死ぬのなら、もっと仕事をしてやれ」と思って、仕事を倍に増やしたことがありました。そうしたら、私は死ななかったのに、そのお医者さんが亡くなってしまいました。

瀬戸内寂聴(日本の小説家、天台宗の尼僧)

きっとお医者さんに言われたときは、瀬戸内寂聴さんも動揺したことだろうと想像します。ですが、自分の心と向き合い、覚悟や開き直りの気持ちを持って、日々を懸命に生きていた。人から言われたことに影響を受けてしまうことは誰しもあるし、素直に言われたことを聞くことも大切だと思います。ですが、いちばん大事なのは、自分の心の声を聞くことなのかもしれません。

空海

嫉妬は自分とそれ以外の人とは別々の存在だと思う心から生じる。もし自分と自分以外の人を別ではなく、同じ存在だと見ることが出来れば、嫉妬することがなくなり、公平な心になり、全ての人の善行を心から賞賛できる。

空海(弘法大師(こうぼうだいし)の諡号で知られる真言宗の開祖)

嫉妬は人間誰もが持つ感情だと思います。嫉妬は時に恨みや憎しみにも繋がります。あの人は恵まれていて羨ましい、私はこんなに不幸なのに何であの人は幸せなんだ・・・。そんなネガティブな気持ちでは人生は暗くなるばかり。嘆いても何も変わらない。それよりも心を平穏にすることを考え、前向きに生きていきましょう。

塩沼亮潤

心を成長させるために

この世に自分以外の人がいる。

塩沼亮潤(慈眼寺僧侶、1991年から48キロ・高低差1300メートル以上の山道を一日16時間かけて、1000日間休まず往復する修行「大峯千日回峰行」(おおみねせんにちかいほうぎょう)に入行し、1999年に満行)

自分の内面と向き合うことは、自分だけではできない。様々な人と関わることで、自分がどういう人間なのか、何に喜びを感じるのかがわかってくるものだと思います。人と関わることは面倒臭い部分もあるし、一人でいることが楽な人もいると思います。それでも、私達が生きる意味というのは、人と出会うためなのかもしれません。

お釈迦様

我が身を救う道は一つしかない。外から押し寄せる苦しみを苦しみと感じないような独自の『あり方』を、自助努力によって作り上げていくのである

お釈迦様(仏教の創始者)

なにか起きた時に、悲しくなったり、怒りを覚えたり、様々な感情になることがあります。でも、その出来事を見方を変えれば、マイナスなこともプラスにも捉えることができます。例えば誰かと別れたとしても、新しい誰かと出会えるかもしれない。起きた事実は変えられないけど、どう捉えるかは自分の心のあり方次第なのだと思います。

梶妙壽

自然を見る余裕もなく、日々の喧騒の中に埋もれ、我欲ばかりに追いかけられている。常に他人と比較し、妬んだり不満を言ったりするばかり。世の中の理不尽さに苦しみもがいている人がとても多い。でも、比較の中には安息はありません。

梶妙壽(尼僧、臨済宗単立広徳山薄雲御所慈受院門跡副住職)

心が苦しく感じるのはなぜでしょうか。その苦しさは、自分にしかわからないものです。だからこそ、自分の内面と向き合うことが大切なのだと思います。他人と比較するよりも、昨日の自分と比較して未来を良くしていきたいですね。

いかがでしたでしょうか。今回は、僧侶・尼僧たちの言葉を紹介しました。どの言葉も素晴らしいものでしたが、共通しているものは、『他人と比較しない』というメッセージだと思います。人生は長いようで短い。仕事が嫌だ、人間関係に疲れた、人生を変えたい。いろんな気持ちがあると思います。忙しい現代社会ですが、1日のうち5分でもいい。自分の内面と向き合ってみる時間を取ってみてほしいと思います。

最期が訪れるその時に、後悔しないように自分の心のあるがままに生きていきましょう。

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