栃木県日光市にある日光東照宮(正式名称は東照宮)は日本全国の東照宮の総本社的な存在であり、江戸幕府初代将軍・徳川家康を神格化して祀る神社です。
その規模や建物の装飾などは他の神社とは比べ物にならないほど豪華絢爛であり、長きに渡る戦乱の世を終わらせ、260年近く続く太平の世・江戸時代を作った徳川家康の権威と功績を湛える荘厳なつくりとなっています。
(参考:日光東照宮ホームページ)
どうも!
ブログ管理者うたたびのたびっちです!
先日のブログでもご紹介しましたが、日光を観光してきました!
秋を感じることができる最高の旅でしたので、是非そちらの記事も読んでいただけると幸甚です。
日光は飯よし、文化よし、自然よし!
今回は日光にゆかりの深い人物、徳川家康の名言をご紹介します。
日光の観光と合わせて、この季節、家康の歴史や彼が残した名言を通してその精神に触れてみてはいかがでしょう。
🔽日光の秋をめぐる旅|茶臼岳・日光東照宮・日光で都会を忘れて自然の中に浸る旅をお届け!

岡崎城・徳川家康像
将軍・大御所として権威を振るい、大坂の陣で豊臣氏を滅亡させるなど強い武将としてのイメージが強い徳川家康ですが、その人生は苦労の連続でした。
三河の国で生まれた家康は幼少期に駿河国の今川義元に人質として預けられ、義元が桶狭間の戦いで織田信長に敗れると独立して信長と同盟を結びます。
独立したかと思えば国境を接する甲斐国の武田信玄との戦いで最前線に立つことになり敗北。
命からがら逃げ帰るのでした。
武田氏滅亡後、信長が本能寺の変で明智光秀に打たれ、いまこそ家康が天下取りに動く時が来たかと思えば、今度は豊臣秀吉の政権下に組み込まれます。
秀吉亡き後、ようやく江戸幕府を開くことができましたが、大坂城に残る豊臣秀頼との戦いに挑み、これに勝利!
ようやく落ち着くことができますが、豊臣氏を滅ぼした翌年にその生涯を終えるのです。
その人生は、まさに危機との隣り合わせ、屈辱、我慢の連続でした。

鳴くまで待とうホトトギス
人生・生き方についての名言


人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず
人の一生は、重い荷物を背負って遠い道を行くようなものであり、決して急いではいけない。
人は誰でも楽をしたいと思うことが多々ありますが、人としての道を進む以上、平坦な道のりだけで過ごすことはできないのです。
辛いこと、苦しいこと、酷いことなど人生には様々な苦難がありますが、長い道を進む以上、決して焦ってはいけないのです。
不自由を常と思えば不足なし
心に望み起こらば困窮したるときを思い出すべし
不自由が当たり前だと思えば、不満を覚えることもない。
不便なまま生きるのはつらい、楽に生きたい!そう願う気持ちはごく自然なことです。
しかし新型コロナの猛威と戦う今の時代に当てはめて考えてみると、コロナを完全に無くすという(ほぼ不可能な)ことに労力と時間を割くよりも、コロナとの共生を考えて社会作りを進めた方が、実は気持ちの立ち直りが一番早いのかもしれまん。
「不自由を常と思えば不足なし」、ここから0ベースでスタートを切るという考え方も必要かもしれませんね。
人生に大切なことは、五文字で言えば”上を見るな”
七文字の方は”身のほどを知れ”
”上を見ろ”、”高みを目指せ”と言いますが、足元を疎かにしてよいことにはなりません。
限界を作れとは言いませんが、人はそれぞれ分相応の立場や役割があります。
そこからの脱却を図る人生に挑むことは大いに良いことですが、まずは今の自分にできること、やるべきことからしっかりやり遂げなければ、物事の道理を弁えず近道してよいことにはなりませんよね。
戒めの名言


己を責めて人を責むるな
人間、うまくいかないことがあった時、弱い人間ほど人のせいにしてしまいます。
確かに外的要因は自分の人生を狂わせることもあります。
しかし、外に責任転嫁を続けていても事態は改善するとは限りません。
大切なことは、まず自分の行い・状況に問題がないか見返すことが大切です。
そのうえで外的要因が問題を引き起こす存在なのであれば、一定の距離を取って関わらないようにすることです。
勝つことばかり知りて
負くること知らざれば害その身にいたる
成功体験は必要ですが、それが続くと、人も組織も慢心が常態化し腐敗していきます。
会社組織などは歴史からもそれが学べるはずです。
決して成功状況に甘んじることなく、常に自分を律することができる人こそ、真に優れた人物となりえるのです。
得意絶頂のときこそ隙ができることを知れ
ボクサーが連続してパンチを繰り出す時ほど、その本人は敵の反撃にあいやすい状況といえます。
この時、「攻撃は最大の防御」の考えに基づいているため、間違いではありません。
しかしこれは諸刃の剣。
成功の波に乗っている時ほど、綻びが生じないように自ら襟を正すように注意することが大切です。
滅びる原因は、自らの内にある
「身から出た錆」
立場や状況はそれぞれですが、滅びるものには必ず何か原因があります。
責任転嫁する前に、まずは自分の内側から原因を探ることが世の鉄則です!
心の持ち方についての名言


世におそろしいのは、”勇者”ではなく、”臆病者”だ
”臆病者”
慎重なことは良いですが、慎重すぎると恐怖心が増してやがて”臆病者”になってしまいます。
何事も正しく恐れることが大切であり、過大・過小に恐れてはただの”愚か者”にさえなってしまいます。
堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え
我慢することは無事で長く安らかにいることができる基礎で、「怒り」はそれらの均衡を崩す敵と思いなさい。
耐え忍ぶ人と慌ただしく感情的にふるまう人がいれば、どちらの人が長寿になりえるのかは一目瞭然。
外に怒りを向けると、やがて自分を取り巻く環境も「怒り」だけとなり、自分の人生を食いつぶすことになります。
大切なことは「怒り」を的確にコントロールすることですね。
仕事の心得としての名言


大事を成し遂げようとするには、本筋以外のことはすべて荒立てず、なるべく穏便にすますようにせよ
会社の仕事でもそうです。
物事には優先順位があり、全てのことを満遍なくこなそうとしてタコのように手足を伸ばしても、そう上手くはきません。
「一極集中」、時には脇目も振らず全力で一つのことに取り組む姿勢が大切です。
戦いでは強い者が勝つ
辛抱の強い者が
戦いを制するのは力のある者、資金力のある者、体力のある者、等々、様々な条件が出てきますが、一番重要なことは時を見計らうこと。
そのために必要なことは、耐え忍ぶ力、忍耐力です。
我慢強く待ち続け、ここぞというときに行動する、これが成功には欠かせないのです。
及ばざるは過ぎたるより勝れり
「足りないことは、度が過ぎるよりも良いことだ」家康はそう考えています。
これは、より高みを目指すために、不足している方がかえって努力の余地を残していると考えることができるので、満たされた環境に甘んじることの危険性を謳っているようにも感じられます。
多くを与えねば働かぬ家臣は役に立たぬ
また、人間は豊かになりすぎると結束が弱まり、我説を押し通す者が増えてくる
人材の活用に大きな課題を抱えているのは戦国時代も同じようですね。
費用対効果を当時も考えており、その人に見合った報酬を渡すことへの難しさを謳っています。
まとめ
いかがでしたか。
戦国時代・江戸時代のお殿様って戦場で刀や槍で敵を倒して強ければそれで良い!、、、ということにはならないようですね。
当然です。彼らは軍人であり、会社でいう社長・組織のトップでもあるので、経営能力に似たスキルが求められるのです。
表面的な仕事観ではなく、現代にも通じる問題解決、人心掌握の能力、自らを律してたゆまぬ努力をする姿勢がなければいけないことが伝わってきますね。
ましてや、それらを疎かにすると自分の命が危うくなる時代なのですから、誰でも必死に務めを果たそうとするわけです。
時代の違いで一概には言えなくとも、成功をつかみ取るために必要な考え方・行動はどんな時代でも似たような精神の下で実行されているんですね。

